【missing EWE 〜Chapter 1〜】
 

 novel kasane   illust kokemomo 

 

「わぁ〜、見て、見て!羊の群れだよ、お母さん、お父さん!」
「あら、本当。たくさんいるわね」
「すごい数だなぁ」
 南北を結ぶ高速列車のコンパートメントの窓からは延々と続く広大な田園風景。
 なだらかな丘陵の上に、馬や牛、そして羊の群れがあちらこちらに見えています。
 果てしなく広がる北の大地の空からは、優しい冬の光。
 でも、草原を擽る風はもうすぐ春がやって来るのを教えてくれているようです。

 …その春は、この大自然にだけでなく、子羊たちの小さな胸にも訪れようとしているのかもしれません。







「baaaa!(みんな〜!どこ〜?)」
 鬱蒼とした森に、か細い声が空しく響いては消えていきます。
「baaaaaa!(わぁ〜ん!!迷子になっちゃったよ〜!)」
 昼間だというのに、辺りは薄暗く、ひんやりと肌寒いくらいです。聳え立つ樹木から手を広げるように四方八方へと伸びた枝々と葉が、どこまでも続くはずの空を塞ぎ、太陽の光と温もりを遮っています。
「baa…(どうしよう…)」
 ほんの数十分前までは、仲間たちと群がりながら草を食べ、ぽかぽかのお日様からの恩恵を受けていました。
 ところが、すぐ先に見えた森で何かきらきらと光るものを見つけ、好奇心旺盛なこの雌の子羊はシープドックの目を盗み、森の中へ入り込んでしまったのです。そして、その光るものを追い掛けているうちに迷子になってしまいました。
「baa〜(怖いよ〜)」
 ウサギのような大きな耳はすっかり垂れ下がってしまっています。いつもは勝気で明るい雌羊でしたが、やっぱり女の子。しかも本来、羊は臆病です。こんな薄暗いところで独りになってしまったら、くりくりとした円らな瞳は涙でいっぱいになり、もう溢れ出しそうです。
 ほ〜ら。グスン、グスンと涙を啜る音が聞こえてきました。
(このまま皆のところに帰れないのかなぁ…)
 この雌羊には二匹のお姉さんがいました。とってもおっとりしているお姉さんと、とっても現実的なお姉さんです。三匹の姉妹羊はお父さんもお母さんも知りません。でも、羊飼いの髭のおじさんがいつも優しく世話をしてくれました。
「baaa〜!(皆のところに帰りたいよ〜!)」
 そう叫んだ時でした。

 ガサガサガサッ

 びくぅ〜っ

 茂みががさがさと揺れています。
(狼だったらどうしようっ!)
 すっかり気の弱くなってしまった雌羊は足がガクガクと震え、動けません。
(お姉ちゃんっ!)
 もうこれで最期かと思い、大好きなお姉さんたちの顔を心に浮かべました。

 ガサッ



「baaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!(きゃぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!)」



 森の外にいる仲間たちにも届きそうな悲鳴が響き渡りました。

「ba、baa?!(な、なんだ〜?!)」

 茂みからにゅっと顔を覗かせた物体から羊言葉が聞こえてきたような気がしました。
(あ、あれ…?)
 雌羊はぎゅっと閉じた目を恐る恐る開けてみました。

「baa…(あなた…)」
 目の前にいたのは、むしゃむしゃと口いっぱいに草を頬張っている雄の子羊でした。





「baa、baa(お前、こんなところで何やってんだ?)」
 雄羊はまだもぐもぐと草を食べています。
 雌羊は、この雄羊の顔は見たことはありませんでした。きっと違う群れの羊なのでしょう。それでも、同じ仲間である羊が現れてくれたことで、雌羊の心は少し明るくなりました。
「baa…(迷子になっちゃったの…)」
 とはいうものの、やはり群れからはぐれてしまった事実には変わりません。
「baa〜、baa〜(おめー、うちの群れのやつじゃねーな)」
 しょんぼりしている雌羊の傍までトコトコと近付いてくると、くんくんと匂いを嗅ぎ出しました。
 雌羊はちょっとびっくりしました。離れて見ていた時はあまり分かりませんでしたが、こうして近くで見ると、さすが雄羊です。年は同じくらいでしょうが、自分よりも一回りも大きくて、四本の脚も太くがっしりしていました。それに身に付けている毛もなんだかふわふわしていて気持ちよさそうです。
「baa(おめー、名前は?)」
 すぐ近くまで来た瞳は、まるでビー玉のようです。雌羊はその深い漆黒の瞳に吸い込まれそうになりました。
「…baa…(アカネ)」
「baa、baa(アカネ…か。ちょっと変わった名前だな)」
「ba、baa!(な、なによ!じゃ、あんたのは何なのよ?)」
「baa? baa(俺か?俺はランマだ)」
「baa! baa〜(あははは!あんただって変わってるじゃない)」

「baa?(ちったー、元気になったか?)」

「baa?(え?)」
 ビー玉の瞳が笑っています。すっかりしょげてしまったアカネを笑わせて元気付けようとしてくれたのです。
「baa〜(草原まで連れてってやるよ)」
 ランマは鼻先でアカネの頬辺りを突付くと、自分がもと来た道のほうへ歩き出しました。
「baa(ランマ)」
「ba?(んあ?)」

「baa…(ありがとう…)」



 ドキンッ



 ランマの心臓は跳ね上がってしまいました。
 なんと愛くるしい顔で笑い掛けてくるのでしょう。
 こんなかわいい笑顔をする羊を、ランマは見たことがありませんでした。
「baa?(ランマ?)」
「ba、baa…(あ…、わ、わりー…。何でもねーよ…)」
 アカネの呼び声で我に返ったランマでしたが、まだ心臓がドキドキしています。呼吸も何故かうまくできません。
「baa(大丈夫?なんか、顔が赤いよ)」
「ba、baa(た、たいしたこたーねーよ)」
「baa?(そう?)」
 アカネは、ランマの体がなんだかとても熱そうだなぁと不思議に思いましたが、黙って彼の後を付いて行くことにしました。
 でもよく見ると、ランマの四つ足はうまく機能していません。ぎくしゃく歩く姿はまるで錆び付いたロボットのようです。
「ba、baa…(お、おめーよ…)」
 暫く無言で歩いていたランマがつと後ろを振り返りました。真っ白いはずの顔はまだ赤いです。
 アカネは首を傾げてランマをじっと見つめます。
「baa?(なあに?)」
 耳がぴくぴくと動く仕草がとてもかわいらしいです。
 もうこれ以上アカネを見ていられなくなったランマはとうとう俯いてしまい、右前足で緑の大地をすりすりと擦り始めました。
「baa…(あのよー…)」
「?」
 雄羊の心臓は今までにないくらい大きな音を立てています。ドクン、ドクンという音がはっきりと耳から聞こえてきます。このままでは自分が壊れてしまうと思ったランマはぎゅっと目を閉じて、

「baa、baa!(おいしい草が生えてるとこ知ってんだけど、おめーも明日来るかっ?)」

 と一気に吐き出しました。ピンク色であるはずの耳の中は真っ赤です。
 アカネはつつつとランマに近寄りました。そして、下を向いてしまった彼の顔を鼻先でくいっと持ち上げると、
「baa(うん)」
 と笑って、ぺろっとランマの頬を嘗めました。

 ぎしっ…

 一瞬にして剥製のようになってしまったランマ。
 でも、こんな子羊の剥製があったら少し怖いです。だって、目が大きく見開いて、体全体がピンク色をした子羊の剥製なんですから。





「baa〜、baa〜!(ねぇ、ランマ!早く帰ろうよ〜!)」
 そんなアカネの懇願も空しく、ランマは暫くその場を動けませんでした。
 それはそうでしょう。
 アカネは固まってしまったランマを動かそうと、一生懸命にぺろぺろと顔を嘗め続けていたのです。




かさねサマからから頂きました。まさに絵本のようなお話に「かわいーーーっ!」と言わずにいられませんねv しかしくっつけてしまっている私のイラスト・・・。着ぐるみ乱あ・・・(汗)。ほら、あれでしょ。普通に羊にしたらみんな同じに見えちゃうし〜〜。ね、これなら誰だかわかるでしょ??(ムリヤリ) 森の中で出会った羊の乱あ。明日は一緒においしい草を食べられるのかな?

スコットランドのかわいい羊のポストカードをご覧になって想像が膨らんだというこの物語り。タイトルの「missing EWE」の「EWE」は「雌羊」を意味するそうです。発音は「you」と同じv 「あなたに会えなくて寂しい」との意味合いにも取れそうですね。そしてセリフ前にある「baa」は、羊の鳴き声を表す単語だそうです。羊の乱あの世界。一緒にほのぼのしましょーvv

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