【missing EWE 〜Chapter 2〜】
novel kasane illust kokemomo
二
あれから数週間。
ランマとアカネは未の刻に森の入り口で待ち合わせをし、おいしい草が生えている場所で一時間ほど過ごした後、またそれぞれの群れへ帰るという生活を続けていました。
丘の上で大好きなお姉さんたちや友達と日光浴をしながら草を食べることも好きなアカネでしたが、こうしてランマと一緒に過ごす一時間は違った意味で嬉しくて楽しいものでした。
でも、お姉さんたちといる時とは何が違うのか、子羊のアカネにはまだ分かりませんでした。
そして実はランマにも分からないことがありました。
群れにはリョーガという男友達がいますが、彼にこの秘密の場所を教えようと思ったことはありませんでした。でも、アカネには簡単に教えてしまったのです。しかも、ここでアカネと一緒に過ごすようになって、ますますこの場所を誰にも教えたくないと思うようになりました。
「baa〜(おめー、んなに食うと太るぞ)」
「baa〜!(失礼ね!あんただって食べすぎよ!)」
こんな口喧嘩も多々ありますが、それでも二匹はその場所を離れようとせず、暫く経つとまた近付いて何か楽しそうに話し出すのです。
「baa(そろそろ帰らねーとな)」
「baa(うん)」
いつものようにお腹いっぱいに食べて満足した二匹は、みんながいる草原のほうへと歩き出しました。
「baa(んじゃ、また明日な)」
「baa(うん)」
ランマとアカネはこの言葉を交わすのがとても好きでした。また明日も会える。そう思うと、別れる時でもウキウキとしてくるのです。
お腹も心も満腹になった二匹が別れようとしたその時…
「baaaaaa〜!(ランマ〜!)」
「baaaaaa〜!(ランちゃ〜ん!)」
「baaaaaa〜!(ランマさま〜!)」
遠く向こうに見えるランマの群れの方から、雌の子羊が三匹、物凄い勢いで走ってくるではありませんか。
「baa~〜!(でぇ〜!!)」
ランマの顔が一気に青ざめていきます。
そして、あと十メートルと迫ったところで三匹はランマ目掛けて飛び込んできました。
ドンッ、ドンッ、ドンッ
「baa!(きゃぁ!)」
「baa!(アカネ!)」
三匹の一斉の突撃に、ランマの隣にいたアカネは押し出されるような形で突き飛ばされてしまいました。
「baa、baa〜?(ランマ、どこ行ってた?)」
「baa!(シャンプー、離れんかい!)」
「baa、baa!(ランマさま、さびしゅうございました)」
三匹は脇で転がっているアカネのことなど眼中にないようで、ただただランマを独占しようとベタベタとくっついて離れようとしません。
「ba、baa〜!(こ、こらっ!離れろ〜っ!)」
ランマは何とか三匹から逃れようとしますが身動きが取れません。雄羊の力を持ってすれば、雌羊が何匹来ようが蹴散らしてしまうことは簡単ですが、女の子には少し甘いランマは腕力でなんとかしようとはどうしても思えなかったのです。
「ba…(くっ…)」
ひっくり返ってしまったアカネは大変です。いつもだったら横に倒れても自力で起き上がれることはできますが、さっき突き飛ばされた拍子に足を痛めてしまったようでした。
「baa!(アカネ!大丈夫か!)」
アカネの傍へ行こうとしますが、三匹が許しません。
必死に足をばたばたさせ、もがいている自分。
その傍らで三匹のかわいい雌羊たちに囲まれているランマ。
次第にアカネの心は、今まで感じたこともないような気持ちでいっぱいになっていきました。
(なによ!女の子に囲まれてデレデレしちゃってっ!群れにいる時はあの子たちで、森にいる時はあたしで遊んでたってわけね!)
お腹の中が、ぐつぐつと煮え繰り返ってきました。こうなってしまったら、全てが歪んで見えてしまいます。
「baa〜!(アカネ!)」
困っているランマの顔は鼻の下が伸びているように見え、アカネを心配して呼ぶ声は「アカネも一緒に楽しもうぜ」と聞こえます。
「baaaaa〜〜〜!!(もう、知らない!ランマなんて、大っ嫌い!!)」
痛めた足を無理して軸足にし、ぐっと力を込めて起き上がると、自分の群れの方へと走り去っていきました。
「baa〜〜!! baa〜〜!!(あかねーーーーっ!!あかねーーーーっ!!)」
ランマは何度も何度も叫びましたが、アカネは一度も振り返ることはありませんでした。
「baa…(アカネちゃん、あれから元気ないわね…)」
これは一番上のカスミお姉さん。
「baa…(まったく単純なんだから、あの子も…)」
これは二番目のナビキお姉さん。
二匹のお姉さんたち…というよりも、アカネの群れにいる全ての羊たちは、どうして彼女に元気がないのかを知っていました。もちろん、ランマという雄羊とこっそり会っていたことも、本人は気付いていませんでしたが、周知の事実でした。
何故かというと、ナビキお姉さんがこの草原辺り一帯に住む動物たちを使って、情報を集めていたのです。ナビキお姉さんは草原を牛耳る影のボスのような存在でした。
あの日、アカネが足を引き摺り、泣きながら帰ってきた時はびっくりしましたが、よくよく事情を調べてみると、ヤキモチを妬いたアカネの早とちりだったのです。
周りが何度も、大丈夫だからとか誤解だからとか、説得したり宥めようとしたりしましたが、一度傷ついてしまった純真な心は頑なに閉ざされてしまって、その扉を開けようとはしてくれませんでした。
こうして、アカネがあの森へ行かなくなってから三週間が過ぎようとしていました。
怪我をした足もほぼ完治し、無理をしない程度であれば走れるようにもなりました。
「baa〜(あんまり無理しちゃダメよ、アカネ)」
「baa〜(うん、大丈夫よ、カスミお姉ちゃん)」
「baa〜、baa〜(アカネ。ちょっと話しておいたほうがいいと思うことがあるんだけど)」
ナビキお姉さんが珍しく真剣な顔をしています。
「baa?(どうしたの?)」
「baa?
baa(あんた、森に行かなくていいの?好きなんでしょ?ランマって雄羊のこと)」
「ba、baa〜!(そ、そんなことないもん!大っ嫌いよ!あんなやつ!)」
「…baa…(…そう。ならいいんだけど…)」
何か他に言いたいことがあるようです。
「baa…(な、なによ…)」
ナビキお姉さんはふうっと溜息を一つ吐くと、森の方を見つめました。
「baa、baa…(彼、あの日の後も、ちゃんと待ち合わせの時間に森の入り口に行って、待ってるんだってよ…)」
(!!)
ズキン…という釘を打たれたような痛みが小さな胸に走りました。
「baa、baa(それで、一人で森の中へ入っていって、決まって一時間で出てくるんですって)」
アカネは胸の辺りがどんどん苦しくなってきます。こんなことは初めてでした。走った後でもないのに、胸が押し潰されるように苦しくて息ができないのです。
喉の奥がぐっと詰まったかと思ったら、目の周りがくーっと熱くなって、ナビキお姉さんの顔がぼやけて見え出しました。そして、ポロリ、ポロリと大きな涙の珠が零れ落ちていくのです。
「baa…(どうしよう…)」
アカネの頭も心も、大きな石の塊のようなものでいっぱいになってしまいました。足元にある草が伸びて絡まり、自分を捕らえてしまっているように動けません。体中の神経がぴりぴりと痛んで、このまま自分を切り裂いていくようでした。
「baa〜(今行けば間に合うんじゃないかしら)」
一番上のカスミお姉さんが近付いてきて、ぺろりと涙を拭いてくれました。
「baa…(お姉ちゃん…)」
二匹のお姉さんたちは、『早く行きなさい』と言わんばかりにアカネを見つめています。
負けん気が強くて、意地っ張りで、おっちょこちょいで、そして天真爛漫な笑顔を持つかわいい妹。彼女が困っていればいつでもこのお姉さんたちが助けてくれます。
「baa〜!(うん!あたし、行ってくる!)」
涙で半分濡れた顔ですが、もう大丈夫です。
アカネは澄んだ明るい声でお姉さんたちに言うと、一散に森を目指して走り出しました。
「baa〜!(あんまり無理しちゃだめよ〜!)」
「baa〜(お姉ちゃん、無駄だって。ぜんぜん聞こえてないわよ、きっと)」
ナビキお姉さんの言う通り、カスミお姉さんの忠告はアカネの耳には届いていませんでした。
幸せなひとときも束の間。やっぱりランマくんは群れの中でも人気者なんですねー。それを目の当たりにしちゃった純真なアカネちゃん。痛む足をひきずって帰るなんて・・・しくしく。だけどお姉ちゃん羊達はとっても優しいv ・・・たとえ羊であろうとこの辺りの影のボスになるナビキはさすがだわ(笑)森を目指したアカネちゃん。ランマくんはいつもの場所にいるのでしょうか?
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