【missing EWE 〜Chapter 4〜】
 

 novel kasane   illust kokemomo 

 



 あまりに突然のことで、アカネは何がなんだか分からず、呆然と佇んでいました。
「baa〜!!(こんの、ばかやろうっっ!)」
 ランマの罵声でやっと現実に引き戻されます。
「baa〜!(ランマ!大丈夫?!)」
 駆け寄ったアカネにランマはもう一度怒鳴りつけました。
「baa〜!!(無茶すんじゃねーっっ!!このバカ女っ!)」
 今度は意識のはっきりしたアカネです。しっかりとその言葉の意味を捉えています。
「ba、baa〜!!! ba…(バカとはなによ!バカとはっ!ランマが危なかったから…!)」
 でも、アカネはその先を続けられませんでした。
 全身が震え、壊れたポンプのように涙が溢れてきてしまったのです。
「ba、baa…(ア、アカネ…?)」
 アカネを睨み付けていた顔がおろおろ顔へと変わっていきます。

「…baa…!baa〜〜〜〜!!!(…怖かったんだから…!ランマが死んじゃうんじゃないかって…、怖かったんだからーーーーっっ!)」

 それだけ言うと、アカネはその場に泣き崩れてしまいました。
 もう、涙と鼻水でかわいい顔はぐちゃぐちゃです。
「b…!(…っ!)」
 ランマは傷ついた体を引き摺り、アカネの顔がすぐ届くところまで来ました。
 そして、ぺろりと濡れた頬を嘗めてあげました。
「baa…(ごめんな…)」
 ぶんっぶんっぶんっぶんっ
 アカネは胸が詰まってしまって言葉が出てこないので、必死に首を振ります。
 まだ泣き止まないアカネに、ランマはもう一度頬を嘗めてあげました。





「baa〜(脚のケガ、大丈夫か?)」
 自分の体のほうがずっとずっと傷ついているのに、こんな治り掛けた自分の足のことを心配してくれるランマの優しさにアカネの涙はますます止まらなくなってしまいます。
「baa〜…(なぁ…、もう泣くなよ…)」
 ランマはほとほと困り果ててしまいました。
「baa〜…(だって〜っ、だって〜っ)」
「ba…!(くっ…!)」
 ランマの顔が一瞬、歪みました。負った傷が痛むようです。
「baa〜!(大丈夫?!あたしに寄り掛かって!)」
「baa…(わりーな…。助かるぜ…)」
 アカネが座り、その体に寄り掛かるようにランマは傷ついた体を寄せて座りました。
 ランマの体温と鼓動が、ふわふわな毛を通してしっかりと伝わってきます。
「baa…(よかった、無事で…)」
 アカネはランマの生を確かめ、噛み締めるように呟きました。
「baa〜、baa〜(あたしね…、ランマに会いに行こうって思ってここへ来たの。でもね…)」
 ふと言葉の途切れたアカネの顔を、ランマはじっと見つめています。
「baa〜
、baa〜(…でもね…。ここにランマがいないって分かった時、なんだか大好きだった場所がぜんぜん違う場所に見えて…。おいしかった草も、一人で食べたらぜんぜんおいしくなくて…)」
 アカネの頭の中は伝えたいことがいっぱいあり過ぎて、上手な言葉が見つかりません。

 ランマとここで一緒に過ごした時間がとても楽しかったこと。
 ランマが他の雌羊たちに囲まれているのを目の当たりにして感じた激しい怒り。
 ランマが、自分が現れなくても約束の場所で待っていてくれるのを知った時の胸の痛み。
 ランマが死にそうになった時に全身に走った恐怖。
 そして、今、ランマがこうして生きていてくれる喜び。

 どれも、みんなみんな初めての感情でした。
 だから、どんなふうに、どんな言葉で伝えたらいいのか分からないのです。

 でも、それはランマも同じでした。

「baa…(…俺もな…)」
 ランマは目を瞑っています。
「baa〜
、baa〜(最初は一人で食べてた場所だったのに、アカネと一緒に食うようになって、なんか、すげーおいしくなったんだ。…でも、アカネが来なくなって…、また一人で食べるようになったら、今度はぜんぜんおいしくねーんだ…。変だよな…。最初に一人で食べてた時はおいしいって思ったのにさ…)」
 ランマもまた、自分の中に宿ったアカネへの気持ちが何なのかはっきりと掴めずにいたのです。
「baa〜(…あの三匹の雌羊のことなんだけどよ…)」
「baa(ううん、もういいの)」
「baa!(よくねーよっ)」
「baa〜…(…本当に、もういいの。今はランマが無事だっただけで十分だから…)」
「baa…(アカネ…)」
 二匹はじっとみつめあうと、お互いの鼻先や頬を擦り合わせたり、顔を嘗めあったりしました。


 アカネはランマを、
 ランマはアカネを、
 とても「好き」だと思いました。

 家族に思う「好き」とも違う。
 友達に思う「好き」とも違う。
 羊飼いのおじさんに思う「好き」とも違う。
 順番なんて付けられないけれども、
 今まで感じたことのなかった、心のどこかの部分で…、いえ、全身いっぱいで思う初めての「好き」でした。


「baa…(アカネ…)」
 ランマのきゅっと締まった口先がアカネの耳元で優しく囁きかけます。
「baa〜…(俺たちの、群れを作らないか…)」
「baa…(…え…?)」
「…baa〜(…一緒に…群れを作らないか?)」
「…?」
 アカネはまだよく意味が呑み込めず、ぽかんとしています。彼女は草原一鈍感な羊でした。
「ba、baa…!(だ、だ、だから…!)」
 おまけにランマは草原一照れ屋な羊です。
「baa(なあに?)」
 潤んだ円らな瞳が覗き込みます。
 この無邪気な瞳に、ランマの心臓は爆発寸前です。
 ランマは大きく息を吸い込むと、ふっと息を止めて、そして一気に捲くし立てました。



「baa〜!(俺たちの子供をたくさん作って、群れを作らないかっっ!!)」



「……」



 アカネの目が瞬いています。
 ぶっきら棒に言い放たれた言葉は、とっても大胆な求婚の言葉のはずなのに少しも甘い響きがしません。
 それでも、アカネのピンク色の耳に残る余韻は徐々に小さな体と心に溶け込んで、彼女の中にある小さな愛の因子に触れると、やがて湧き出す泉となりました。
 泉の清水は子羊の体内だけでは収まりきれず、丸い瞳からぽろぽろと零れていきます。
「baa!(ごっ、ごめんっ!)」
 泣かれるほど自分の言ったことが嫌だったのかとショックを受ける暇もなく、ランマは慌てて謝りました。
 ぶんっぶんっぶんっぶんっ
 もう言葉にならないアカネは、とにかく誤解されないように必死に頭を横に振ります。
「…baa?(い、嫌じゃ…ねーのか?)」
 ぶんっぶんっぶんっぶんっ
 今度は必死に頭を縦に振ります。
 そして、ぐしっと足先の毛で涙を拭うと、



「baa〜! baa〜!(いっぱいいっぱい子供作る!ランマと群れを作るっ!)」



 と鳴いて、濡れた顔をランマの頬に寄せました。
「baa〜(んとに、お前って泣き虫だなぁ)」
 そう呆れながらも本当は可愛くて、愛しくて堪らないのです。
 ランマは、アカネが泣き止むまで優しく頬を嘗めてあげました。





 こうして二匹は一緒になり、たくさんの子羊を産んで大きな家族の群れを作りました。
 そして、いつまでもいつまでも幸せに暮らしたということです。




泣き虫で、鈍感で、純真で。そんなアカネちゃんとたくさんの子供を作ってずっと一緒に暮らしたい。そうまっすぐに想いを伝えるランマくんも純真ですねv アカネちゃんが「ぐしっと足先の毛で涙を拭う」という場面では、羊だからハンカチとかじゃないんだ〜と微笑ましかったけど、ランマくんの「一緒に群れを作らないか?」とのプロポーズもさすが羊!とこれまた納得でした(笑
当サイトの雰囲気をイメージして下さったというこの愛らしい物語。恐縮ながらも物語り風なイラストをつけさせて頂きましたが、ほのぼのした世界に気持ちも潤ってくるようでした。かわいい羊達の優しいお話。
かさねサマ、紙芝居的更新方法を快くOKして下さってありがとうございました!

〓CLOSE〓