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「いたいっ!」
右手を押さえて、あかねが小さく叫んだ。
「お、おいっ、どうしたんだよ!」
あわてて、そばに寄る。
痛そうに目をキュッと閉じて、うずくまったまま何も言えずにいるあかね。
どこかケガしたのか・・・??
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そろそろ吹く風も肌寒くなってきたこの季節。学校から帰ると部屋でのんびり
したいところだが、天道あかねは稽古を欠かす事なく、いつでも真面目に取り組んでいた。
天道道場の跡取りとして、幼い頃からずっと強くなることを望み続けている。
男の子にも負けないくらいに強く、更に強く・・・。
それは髪を伸ばし始めた頃も変わらず、そして髪が短くなった今でも変わりない。
そんなあかねに初めて勝った男の子。
乱馬は許嫁としてあかねの前に現れたが、彼女にしてみれば始めはちょうどいい稽古相手
ぐらいにしか思ってはいなかった。
あかねの理想は自分より強くて、優しく包み込んでくれる温かい人・・・。
学校から帰って来て夕食までまだ時間がある。
居間でゆっくりしようかなと思っていると、あかねが俺を誘ってきた。
「ちょっと軽く運動したいから、手合わせの相手してくれない?」
別にこれといった用事もないし、あかね相手ならそんなに疲れねーからいいか。
「ああ、用意したら道場に行っとくよ。」
部屋に行き鞄と帽子を置いた。チャイナ服も脱いでおく。
まあ、汗もあんまりかかないだろうな。
上半身は黒のタンクトップ1枚でいても動けば寒くないだろう。
いつも山ごもりで親父相手に修行していた俺にとって、あかねとの稽古は
軽いウォーミングアップぐらいにしかならなかった。
まあ、普通の女よりは多少はできるかな?
ちょっと前まで、毎朝交際を申し込んでくる男共を倒し続けていたぐらいだから
強い方だとは思うけど、俺から見ればまだまだ無駄な動きが多すぎる。
大ざっぱな性格が出てるんだろうな〜。
もうちょっと女らしさを身につければ、俺みたいに動きもしなやかに
なるかも知れねえけどあいつには無理か。
あかねの強さを少しは認めつつも自分には遠く及ばないためか、
乱馬はあかねの格闘センスの悪いところばかりが目についてしまう。
準備を済ませると、部屋を出てのんびりと道場へ向かった。
道場への廊下は冷んやりしている。台所の前を通りかかると乱馬はいい匂いが
してくるのに気が付いた。
ちょうど長女であるかすみが、味見をしながら手際良く夕食を作っていた。
ひょいっと台所を覗くと、かすみが乱馬に気付いて振り返った。
「あら乱馬くん、お腹すいた?もう少しで出来るから待っててくれる?」
「あー、まだ急がなくてもいいですよ。今からあかねと軽く稽古するから。」
「そう?じゃあ稽古が終わる頃には出来てると思うわ。」
かすみさんって、エプロン姿ほんと似合うなあ。
・・・あかねもエプロンつけたら似合うんだろうけど・・・
って何考えてんだ俺は。
一瞬考えた事を振り払い、台所から離れた。
あんなガサツな女には家事は無理だろうな。
まあ強くなるのもいいけど、かすみさんみたいにおしとやかな所とかも
身につければいいのに・・・。
そんな事を考えながらゆっくりとした足取りで道場に向かうと、あかねは既に
来ていて胴着姿で準備運動をしていた。
「わっ、乱馬、そんな格好で寒くないの?」
俺の薄着に驚いてるみたいだけど、俺は鍛えてるからこれくらい平気だ。
「動いてりゃ、ちょーどいいんだよ。まあ夕飯ももうすぐできそうだし、
とっとと、始めよーぜ。」
とりあえず持って来たタオルを隅に置いて、道場の中央に行く。
ピョンピョンッと飛んで、手足もブラブラ振る。うん、これで準備運動おわり。
なんか、もう腹減ってきたなあ。今日の夕食はなんだろうなあ〜・・・
ぼんやり考えながらあかねが仕掛けてくるのを待ってやる。
あかねは「軽く」と言いながらも、ふぅっと息を吐くと真剣な表情に切り替わった。
ん?あかねの「気」がひきしまった?
あかねを取り巻く周囲の空気が、緊張感を漂わせる。
こいつ、なんに対しても一生懸命になる奴だな・・・。
キュッと構えた、と思ったら乱馬めがけて踏込んできた。
が、あたる訳もなく次々かわしていく。
右、左、胸、腹とあかねの拳が俺をめがけて飛んでくるが、皮1枚の間隔でよけていき
あかねの動きをじっと読んでいく。
「ちょっと!乱馬も打ってこないと稽古にならないでしょ!真剣にしてっ」
・・・まったく、真剣にしたらお前が危ねーだろー。
でもこのまま打たずに続けてたらあかねはますます怒るな。
ちょっとだけ仕掛けてやるか。
どんどん打ってくるあかねの動きを見ながら、俺も2、3度片手だけで打ってみた。
「くっ!」
あかねは、いきなりきた攻撃に驚きつつもそれらをすべてかわしていく。
おっ、なかなかやるじゃねーか。
もう一度、また片手だけで仕掛けてみた。
あかねは汗をいっぱいかきながらも必死でよけ、俺に拳を出してくる。
・・・が、何度めかの攻撃をかわした拍子にバランスをくずした。
「きゃっ!」
ダァンッ!!
・・・汗ですべったんだな。
倒れる寸前、あかねはすばやく受け身の体制をとったようだ。
「あかね、大丈夫か?立てるか?」
「うん、受け身とったし平気・・・っ」
起き上がろうと右手を床についた時に、パッと表情が変わった。
「いたいっ!」
「お、おいっ、どうしたんだよ!」
あわててそばに寄ると、右手を押さえてキュッと目を閉じている。
「受け身に失敗したんだな?見せてみろよ。」
指を動かすのも痛そうで、泣きそうになるのをグッとこらえてるようだ。
ズキッ
そんな表情を見ると、なんかこっちも苦しくなってくるじゃねーか・・・。
「お前っ・・・、ばっかじゃねーの!?なんで受け身ぐらいちゃんとしねーんだよ!」
・・・はっ!思ってる事と全然違う言葉が口から出てきてしまった。
「な、なによ、ちょっと汗ですべっただけでしょ!こんなのすぐに治るわよ!」
「ほんとドジだなっ。不器用なのもほどほどにしとかねーと身がもたねーぞ!」
そうそう、稽古相手の俺の身がもたねーよっ!
と、肝心な部分は言えず、あかねの右手の状態をよく見てみようとした。が、
「・・・触らないでよ、ほっといてー!!!」
ドカッ、バキッッッ!!
左手で俺を殴り倒した後、ぷりぷり怒って道場から出ていった・・・。
・・・うっ・・・左手だけでも十分凶暴じゃねーか・・・。
「あら?あかね、どうしたのよその右手。」
居間にやってきたなびきが包帯を巻いているあかねの右手を見つけて聞いてきた。
・・・誰でも気付くよな。団子みたいに包帯がぐるぐる巻き付いてんだから。
「うん、ちょっと痛めちゃっただけ。」
笑ってそう答えていたが、箸を持つのもなんだか辛そうだ。
俺がちゃんと支えてやればよかったのかな・・・?
団子の右手を見てるとチクチク胸が痛くなってくる。
「あかね、あんまり痛いようなら東風先生に見てもらいなさいね。
いつもケガすると先生のところに行ってたんだから。」
みんなのご飯をよそおいながら、かすみさんがあかねに話し掛ける。
その時、一瞬ピタッとあかねの動きが止まった。
周りのみんなは気付いていない。
でも俺にはあかねが少し強張ったのがわかった。
「だ、大丈夫よっ。これくらいなら行かなくても平気よ。」
「そう・・・?でも前だったら、どんなケガでもすぐに行ってたのに。」
「う、うん。でも小さいケガぐらいだと東風先生に迷惑かけちゃうから。
湿布も貼ってるし、明日になればもう元に戻ってるわよ。」
ぎこちない笑顔を作りながら、かすみさんに返事をするあかね。
「あんまり無茶しちゃだめよ。痛みが引かないようなら我慢せずに行きなさいね。」
「うん・・・。」
・・・今までは、先生に会いに行く口実を探しては行ってたんだよな・・・。
髪が腰のあたりまであった頃、先生に会う時のあかねは恥ずかしそうで
そして、とても嬉しそうな顔をしてた。
そばで見ていても、それは十分乱馬にも伝わってきていた。
思いきり泣いたあの日から、気持ちに区切りがついたんじゃなかったのか・・・?
隣にいるあかねは俺の方を見ようともせず、もくもくと食事をすませていく。
こいつ・・・。なんで俺を見ないようにしてるんだよ・・・。
そりゃ、余計な事を言ったかも知れねーけど、俺だって少しは心配は
してやってるのに・・・。
箸を使う度に、あかねが痛そうな顔をしているのを
俺は見過ごすことができなかった・・・。
なんか落着かねえ・・・。
夕食も終わり、居間でテレビを見てくつろぐ乱馬や親父達。
いや、実際くつろいでいるのは親父達だけで、乱馬はなんだか居心地が悪かった。
かすみは台所で後片付けをしており、なびきはお風呂へ。
親父2人は将棋をしながらお茶をすすっている。
あかねは今日は手を怪我しているのでかすみの手伝いはできず、
自分の部屋へ行ってしまった。
あいつ、あんな団子の手のままでいるつもりなのか?
もともと不器用な上に片手だけでマトモに包帯なんて巻けないだろ。
・・・ ま、俺の知ったこっちゃねーけどよ!
テレビはついているが内容が頭に入ってこない。
くそっ、なんでこんなにイライラするんだよ!
スッキリさせるために、体を動かそうとスクッと立ち上がり、居間から出て行った。
「あっ、乱馬くん、ちょっといいかしら?」
「へ?」
道場へ向かう途中、かすみに話かけられた。
「これ、あかねに持っていってほしいの。」
手には氷が入った氷のうを持っていた。
「腫れていたら氷で冷やした方が治りが早いと思うし。私、お父さん達にお酒を
頼まれてるから、乱馬くん渡してあげてくれる?」
氷のうはひんやりとして気持ちいい。
「湿布貼ってるって言ってたし、大丈夫じゃ・・・」
「あの子きっと心配かけさせないとして我慢しているのよ。湿布だけだと効き目も
薄いと思うし・・・。ね、持っていってあげて。」
かすみは笑顔で乱馬に氷のうを渡し、パタパタと台所へ戻っていった。
う・・・、どうしよ・・・。
はぁ〜っ。
何度めかのため息をついて1人廊下に立たずんでいる。
俺はもう何分ぐらいここに立ったままでいてるんだ?
目の前にはあかねの部屋のドア。
手にはかすみから預かった氷のう、そして・・・救急箱。
・・・まだ怒ってるのかな?でもあのままだと、早く治るのも治らねーぞ。
う〜〜〜、しょうがねーなあ・・・。
意を決してドアをたたく。
コンコンッ
「はーい、だあれ??」
ガチャッと開けて中に入る。
「俺だけど・・・」
途端に不機嫌な顔になるあかね。
ったく、しつこい奴・・・。
「なんか用?今、勉強してるんだけど。」
机に向かって、団子の右手のままシャーペンを握ってる。そう、まるで棒を持っている
感じで、ちゃんと持てないようだ。・・・そんなので勉強なんてできないだろーが。
「あかね、ちょっと右手みせてみろ。」
「なによ!平気だもん、これくらい!」
ぷいっと顔をそらして、俺を見ない。
ズキッ
・・・なんか苦しくなる。なるべくケンカにならないように、話しかけた。
「ほら、動かしにくいんだろ?ちゃんと巻き直してやるから・・・。」
ベッドに腰掛けるが、あかねの目が見れない。
またそらされたら、なんでかわかんねーけどキツい・・・。
あかねは静かに話す俺に少し驚いているようだ。
まだ怒ってはいるようだが、しぶしぶ俺の方に椅子を向けて右手を差し出してきた。
差し出してきた手を取って、包帯をゆっくりゆっくりと取っていく。
まったく、なんで包帯を2個も使ってるんだ。
・・・そんなに痛かったのかな?
湿布もでかいままペタッと貼っていた。
はぁ・・、こんな貼り方じゃ、ちゃんと痛いところにあたらないだろー?
口には出さずにテキパキと手を動かす。
あかねもその様子を黙ったまま、おとなしく見ていた。
湿布を静かに取ると、右手がさっきよりも腫れているのがよくわかる。
「ここら辺が痛いのか?」
右手の1番腫れてそうな所をちょんと軽く触れてみる。
「つっっっ!」
「わっ!ごめんごめん!」
触れただけで、あかねはビクッとする。
そんなに痛がるとは思ってなかったから、乱馬はアセッてしまった。
「ほら、かすみさんから預かってきたぞ。これで冷やしたら少しはマシに
なるぜ。」
あかねの右手の上に、ちょこんと氷のうをあててやる。
「冷たくて、気持ちいい・・・。」
あかねはポツンとそう言うと、何故だか黙りこんでしまった。
・・・あかねの手ってこんなに小さいんだな・・・。
って、おい!ずっと右手握ったまんまじゃねーかっ!
まるで両手で包み込むようにあかねの右手を冷やしてあげている乱馬は
離すタイミングを失ってしまい、動けなくなってしまった。
う・・・、自分で持てって言おうか?でも・・・
・・・ん?なんであかね黙ってるんだ?
表情を見ようとしたら、あかねも乱馬の方を向いたので目があった。
「あ・・・」
あかねが何か言おうとした時、乱馬はアセッて手をバッと離した。
「お、お前自分で冷やすか?ほほほらちゃんとこれを持てよっ。」
氷のうをあかねに手渡し、目をそらす。
な、なんだよ、イキナリこっち向くんじゃねー!
心臓がバクバクなるのが止まらない。
「?」
あかねはキョトンとしていたが、氷のうを横に置いて包帯をたぐり寄せる。
「・・・包帯を巻いた上からあてておくわ。ずっと直接氷あててると
痛くなるかも知れないし。」
自分で包帯を巻こうとしている。
「お、おい!また団子にするつもりか?巻きにくいんなら貸せよ。」
「なによ・・・。自分でもちゃんと出来るわよ。」
「左手なら余計にやりにくいだろ?いいから俺がしてやるって。」
そう言いながら、あかねから包帯を奪いとった。不器用さを指摘されて
ムスッとしているがまた黙りこんでしまう。
「氷もじき溶けるだろうから、湿布も貼っといてやるよ。ちょっと、我慢しろよ。」
持ってきた救急箱からハサミと新しい湿布を取りだした。
腫れている部分にちゃんとあたるように、ハサミで湿布の形を整えて
なるべく痛まないように、そ〜っと貼ってやる。
包帯もただ巻くだけじゃなく、指の邪魔にならないように丁寧に巻き始めた。
ゆっくり巻いてはいるが、それでも少しは痛みを感じるんだろうな。
声には出さないが、じっと俺の手当てを見ている・・・。
・・・ん?痛みにこらえているからなのか・・・?
あかねは、なんだか思いつめた表情をしている。
何故だかわからないけど、乱馬には切なそうな顔をしているあかねが、
小さな女の子に見える気がした。
何、弱々しい表情してるんだよ・・・。
いつもの勝ち気なあかねとは違う彼女がここにいる。
乱馬には気の利いた言葉をかけられるわけでもなく、手をゆっくり動かしていた。
巻き終わりを優しくテープで止めてやり、手当ては取りあえず終了。
「・・・あ、右手が動きやすくなった。」
って当たり前だ!俺がしてやったんだからなっ。
「明日また湿布をとりかえなきゃな。ちゃんと氷が溶けるまであてておけよ。
腫れが引いてたら、動かしても痛まないようにテーピングしてやる。でも
なるべく動かさないようにしろよ。」
「・・・・・・。」
道具を片づけながら話している間、あかねは自分の右手をじーっと見ていた。
・・・なんだよ。ちゃんとしたつもりだぞ。
そりゃ東風先生に比べたらかないっこねーけど・・・。
あかねが乱馬の手当てに不満があるのかと少し心配したのだが、あかねの表情からは
そんな様子は全く見られなかった。
逆に、なんだか目からウロコが落ちたようなスッキリした感じに見える。
・・・?
もう痛みが消えたのかな?・・・なんてまさかな。
乱馬はわけがわからず、片付け終わった後、さっと立ち上がった。
「もう俺行くぞ。いいか、右手あんまり動かすんじゃねーぞ!」
あかねはちらっと乱馬を見て、小さく笑った。
「・・・ありがと。そうね、ケガしたのも乱馬と稽古してた時だし、乱馬にも少しは
責任あるかもね。これからまたどこか痛めたら乱馬に手当てしてもらおうかな?」
右手を大事そうに支えて、とても嬉しそうに微笑んだ。
・・・反則だ。
そんな顔されたら、いつもの軽口がでてこねーじゃねーか・・・。
「しょうがねーなあ。おめーはガサツで不器用だからよくケガもするだろうし。
ま、俺が手当てしてやればすぐに治るけどな!」
あ、やっぱり言ってしまった。
またあかね怒る??
・・・と思ったけど、あかねは苦笑しただけで言い返しては来なかった。
何かある度に東風先生のもとに行ってたあかね。
髪が短くなるまでは、それを幾度となく繰りかえしてたんだろうな・・・。
かなわない相手がいることも承知で、それでも会うと嬉しそうだった。
だけど多少のケガなら、もう自分で手当てしようと決めたんだな。
大きなケガさえしなければ、応急手当てぐらいはいつだって変わりに俺がしてやるよ。
・・・いや、大きなケガもしねーよ。
俺が、絶対にさせねーから・・・。
end
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