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【光】
 

 

 

「ほら、もっと集中しろ。」
「わ、わかってるわよ!」

 きちんと手入れをされている天道道場。
壁にはたくさんの門下生達の名札が並んでいる。
その数は少しずつ増えていき、今では遠方からでも通いにくる者がいた。

 師範の教え方が上手いのか、その人の持っている実力をぐんぐんと引き出し
実力を高めてくれる。
練習嫌いなのに親に言われて渋々通っていた子供達も、しだいに格闘への楽しみを知り、
今では学校が終わるとすぐにやってきていた。

「まだスキがあるぞ。遠慮せずにもっとぶつかって来い!!」
「くっ、・・・なら手加減はしないわよ!!」

 広くて思いっきり動けるその場所には、門下生達が来る時間にはまだ早かった。
闘志溢れる気を、思いきり発散させて拳や蹴りをくり出していたのは、この道場の
跡取り娘であるあかね。そんな彼女の技を巧みによけ、目線はあかねの攻撃から
決して外さないのは、ここの師範でもあり、彼女の夫でもある乱馬だった。

 乱馬に拳をよけられた瞬間、すぐさま大きく足で蹴りあげた。
(捕らえた!!)
と思ったのも束の間。
その場にはすでに乱馬の姿はなく、変わりに背中をチョンと突かれていた。

「・・・アウト。おつかれさん。」

 振り向くと、乱馬の余裕のある表情。呼吸も全然乱れていない。
私なんて肩を大きく上下させているというのに。

「動きが大きいんだよ。それだと次の攻撃に移る時間が相手にとってチャンスに
なる。もう少し小回りをきかせないとな。」
「・・・ハァ。今度こそ1本取れると思ったのに・・・。」

 フゥーっと肩を落とし、壁際に歩いて行く。
床に置いてあったスポーツタオルで汗を拭き、もう一枚を乱馬にも渡した。
けど、あんまり汗もかいてないみたい。・・・悔しい。
そのまま壁を背に座り、用意していたスポーツドリンクをごくごくと飲む。
ほっと一息つき、横に座った乱馬にも渡してあげると
「サンキュ。」と言って、ゆっくりと口につけた。

 ・・・きれいな横顔。
母親似だからかな?
秋とはいえ、運動した後は身体が熱くなる。
水分を取った乱馬は一息ついたみたいで、壁に背中全体をもたれさせた。
普段もそうだけど、手合わせしていてもしぐさとか荒々しくないし、
動きにもムダがない乱馬。なんて言うんだろう・・・。
女らしい・・・とか言ったら怒るかな?
ぶつかってくる力を流して、スッと懐に入ってくるって感じ。
・・・そう、それは乱馬の瞳にも言えること。
真直ぐ見つめる彼の瞳は、深い色合いでいつも引き込まれそうになる・・・。

「・・・ん?何かついてるか?」
「え・・・?ううん、別に。」

 乱馬の横顔なんて、いつも見なれてるハズなのにな・・・。
気がつくと、いつでも目線で追っていた。
意識が乱馬の方へ向こうとしている私がいる。
それは覚えてないくらい以前から。
そして結婚してからも、ずっとずっと、変わらないでいた事だった。

 親が決めた許嫁だったけど、絶対に自分達からは「好き」だなんて
言葉は出てこなかった。勝手に決められた相手とだなんて絶対に嫌だったから。
自分の意志が無視されるなんて、耐えられないじゃない!
誰が何と言おうと、何がなんでも認めないって思ってたの。

 ・・・だけど、気持ちは自然と傾いていく。
気が付かないフリをしていても、他の女の子といる時には心がざわめいていた。
目では追わないってがんばっても、意識はいつも振り向こうとして、
認めないって決めていたのに、不器用な優しさに胸が熱くなった。

 言葉とは裏腹に、何かあるとすぐに察知して助けに来てくれる乱馬。
許嫁としての義務とかじゃなくって、いつもの天の邪鬼な態度とは違う真剣な
表情で心配してくれた。
好きなのかな・・・?
自分に聞いてもハッキリしようとしない私。
だけど乱馬の真剣な瞳を見た時、心の奥で小さく何かが鳴って、
ドキドキが止まらなくなっていった。

 結婚する事が決まった時、すごくすごく嬉しくて笑顔でいる事が多くなった。
許嫁だから結婚するのは必然的って思う人もいたかも知れないけど、
何よりも、乱馬が私と一緒にいたいと意思表示してくれた。
たったそれだけで。
ずっと張っていた意地がなくなって、自然に乱馬に甘える事ができたんだと思う。

 かわいい双子も誕生して、道場も乱馬ががんばってくれている。
天道家の為に、たくさんの門下生を指導してくれている乱馬を見ていると、
私も精一杯したい。乱馬には負担はかけちゃいけないって思いが強くなって
一生懸命になれるの。
・・・だけどね、毎日する事がいっぱいありすぎて、あっという間に1日過ぎて
いくのみたい・・・。


「今日はこれくらいにしとくか。」
ぼーっと考え事をしていた私を、乱馬のその言葉が現実に戻した。
それ程疲れていない様子の乱馬。だけど、んーっと両手を上げてのびをしていた。
「えーっ、まだ生徒が来るには時間あるじゃない!もう少し手合わせの相手に
付き合ってよ。」
「・・・お前、がんばるのはいいけど、度を越すと体に負担かかるぞ。」

なによ・・・。30分ぐらいしか動いてないのに・・・。

「買物はもう済ませてるんだろ?なら、夕食の仕度まで、ちょっと休憩しとけ。」
「そんなの時間がもったいないよ・・・。」

 普段の私達は、それぞれにする事があるから2人でいられる時間はかなり少ない。
乱馬は道場での仕事があるし、私は家の事はもちろん遊馬や真昼と一緒にいる事が
多い。寝る時も4人一緒。別の場所で寝るのもまだ怖がるし、私も心配だから
目は離したくない。乱馬や私に似た双子の遊馬と真昼はやんちゃだけど、
すくすく育ってくれて、私達の大事な大事な宝物。

 ・・・だけど、フトその全部から離れて以前と全然変わらない空間がある。
まだ誰も来ないこの道場で、乱馬と2人で手合わせをしているこの時間が、
以前の私を呼び戻して、格闘だけに集中させてくれる。
他の時間ももちろん今の私にはとても大切。
でも、乱馬と2人きりで向き合えるこの時間も私にとって必要不可欠だった。

「もう少しだけ。・・・ね?まだ私そんなに疲れてないよ。」
「だめだ。さっきの手合わせでも動きが少し鈍かったぞ。無理してケガでも
したらどうするんだよ。」
「・・・乱馬のケチ・・・。」

もう少し、この時間の中にいたかったのにな・・・。

「・・・なあ、お母さんをしてるのは疲れるか?」

 乱馬から思いがけない言葉が出て来た。
「な、何言ってるのよ!そんなことないわ!あの子達を産んだのは私なのよ?
笑っている時も泣いてる時も、どんな一瞬でさえも大事な時間だわ。」
あわてて言った私に、乱馬はフッと優しい表情になった。
「それは見ていてわかってる。料理もあんなに出来なかったのに、2人が
生まれてからは上達するのが早かったもんな。」
それは子供達に大変な物は食べさせたくない一心で・・・。
乱馬の為にもそう思ってはいたが、免疫のない子供達を思うとあかねも
今まで以上に必死に頑張った。

「だけど、お前・・・、家事と育児に加えて道場の事務的な事もしてるだろ?
見ている時にはいつも動いていてるし。昨日の夜も真昼が眠れないからって、
少しの間、起きていたのも知ってるぞ。」

 あぁ、気が付いていたのね。なるべく起こさないようにと思ったのに。
だから真昼を台所に連れていって、ホットミルクを飲ませていたんだけど・・・。

「この前も洗濯をたたみながら、眠りそうになっていたし。どうせなら
この時間は子供達と少し寝てもいいんだぞ?」

 それも見られていたのね・・・。
自分ではちゃんと起きて用事をこなしているつもりだった。
でも時々眠気が襲ってくることがある。
だけど、それはきっと気合いが足りないんだわ。
するべき事はいっぱいあるんだもん。乱馬だってがんばってるんだから。

「ちょっと気持ちよくって、眠くなることだってあるわよ。乱馬だって
よく授業中に寝てる事多かったじゃない。」
「あれはいざという時に体が十分動けるようにする為の休息!
あかねの場合は日中ずーっと動き回ってるだろ?
寝てる時も、ちゃんと休めてなさそうだし・・・。
ちゃんとゆっくりする時間も取っておかないと、心身ともに疲れるぞ。」

 だけど他の事を一生懸命にがんばる為に、乱馬とのこの時間で気持ちの
充電をしているんだから・・・。

「手合わせの時間は、削りたくない・・・。」

うつむいて小さく言った私に、乱馬は苦笑しながら右手で私の肩を抱き、
自分の方へと引き寄せた。

「なら、もう少し周りに頼れよ。自分で何もかもしようとするな。
親父達やお袋も喜んで手を貸してくれるぞ。」
「甘えてばかりいるのも嫌よ・・・。」
「何もかも自分でしようとするといつか倒れるぞ。それこそ迷惑をかけるだろ?
一緒に住んでるんだから、頼れる事は気兼ねなしに任せてやれ。
・・・家族なんだから。」


 乱馬の右手が乗っている肩が温かい。
ゆっくりと、乱馬に体を傾けさせる。
まるで包み込まれるようにすっぽりとおさまるの。
ココは私の安心できる場所。
意地を張っていたあの頃ならこんなに身をゆだねることはできなかった。
目を閉じると乱馬のゆっくりとした鼓動が聞こえてきそう・・・。
それだけで、とっても気持ちが落ち着いていった。

「料理だって、もっとお袋に頼っていいし、子供達も親父達にたくさん
相手させれば喜ぶぞ。『孫は目に入れても痛くない』って言葉がそのまんま
当てはまってるからな。」
「私がなまけものになっちゃうよ。」
「誰もあかねがなまけているなんて思ってないから安心しな。逆に疲労で
倒れやしないかってヒヤヒヤするぜ。」

 見てないようで、ちゃんと私の事を見ているのね・・・。
肩に置いていた手が私の髪をかきあげて、更に自分の方へキュッと寄せる。
以前は私に触れるとすぐに固まっていたのに。
なのに今ではぎこちない素振りなんて、ひとつもないのね。
優しく髪に触れる手が、私を静かに抱き寄せた。
乱馬の吐息がとても身近に感じる。
もたれている肩はひろくて温かくて、安心して目を閉じた・・・。


 気を張っている私を一瞬にして溶かしてしまう。
そんな存在と出会えるなんて、思ってもみなかった。
こんなに素直に甘える事ができるなんて、あの頃の私が見たらどう思うだろう。

 いずれ私が道場を継ぐ事になるだろうと、漠然だけどそう感じていたあの頃。
お父さんもハッキリとそうは言わなかったけど、私が継ぐ事を願っていたのにも
ちゃんと気がついていたわ。
気を張っていた私。
そうせざるは得ない状況。
誰にも負ける訳にはいかなかった。
道場を守るためにも、自分を見失わない為にも・・・。
私よりも強く頼れる奴なんていないんだから、何もかも自分で乗り切ってやる。
そんな気持ちを抱え、毅然とした態度で構える私の後ろには
いつも『もう一人の私』がぽつんと佇んで、私の背中をじっと見つめていた。

 ・・・それはいつも泣きそうで、うずくまったままの幼い私。
お母さんと離れた頃のままの姿。
周りは暗くて、そこからは一歩も動けないでいる。
強い私を見ている人には『もう一人の私』に気付く事ができない。
絶対に気付かせてはいけない。
でも、時々私の後ろで小さく「寂しい」って涙を流して泣いていたの・・・。

 だけど、その『私』に気付いてくれた人。
傍に来て手を差し伸べてくれた。
その時、暗かったその場所に柔らかい光が入ってきた気がしたわ。
そしてずっと抱えていた重かった物を軽くしてくれたの。
優柔不断で、だらしなくって、負けず嫌いで・・・。
私が危なくなった時には何があっても絶対に助けにきてくれる。
そして気が付けば、いつのまにかずっと傍にいる事が当たり前になっていた。


 顔にかかっていた髪が乱馬の指で軽くすくわれる。
ゆっくり目を開けると、真直ぐな乱馬の目線が私の奥底まで見ているようだった。
吸い込まれそうで、力も抜けていく。
髪をすくった指がそのまま頬に添えられた。
「あかね・・・。」
私を呼ぶ声に少し微笑むと乱馬も優しい笑顔になる。
そのまま引き寄せられるように、私達の距離が縮まっていった。
乱馬の吐息が頬にあたる。こんな時、目を閉じているほうが意識が敏感になるの。
背中には大きくて温かい彼の掌。頬には優しく触れる指。
・・・そして触れられた彼の唇からは、包み込んでくれる程の想いが
溢れて流れてくるようだった。


ピッ


 小さな電子音がどこからともなく聞こえてきた。
・・・時計?
目を開けて、周りを見渡す。

「おかーさん・・・。」

声のする方へ振り向くと、スカートの裾をぎゅっと握り、眠たそうに目をこする真昼。
乱馬から離れて、立ち上がった。

「真昼、どうしたの?」
「おひるねしてたのに、遊馬がね、けってきたの…。」
まだ完全に眠りから覚めていない真昼は、ぐずりながらあかねを探してきたようだ。
「また遊馬の寝相が悪かったのね。誰に似たのかしら。」
あかねだろ・・・。
心の中でつぶやく乱馬には気付かず、とことこ歩いてきた真昼を優しく抱き上げる。
ふと入り口になびきが立っているのが見えた。

「真昼ったら、あちこち歩き回っていたわよ。居間で待っていればいいのにね。」
なびきはフッとため息をついて真昼を覗き込む。
あかねにだっこされて、安心したかのようにスヤスヤと寝てしまっていた。
「安心しきった顔しちゃって・・・。乱馬くん、せっかくのあかねとの時間取られて悔しい?」
「そろそろ、門下生達も来る時間だしな。真昼にお母さんを返してやるよ。」
なびきのからかいにも軽く返す乱馬。腕の中の真昼はさっきまでの私みたい。

「さ、お子ちゃまはじーさん達に任せておいて、私達は夕食の仕度でもしようか。」
「お姉ちゃん久し振りに実家に帰ってきたんだから、ゆっくりしてて。
お義母さんと一緒に腕をふるうわ。」
なびきに促されて道場をあとにする。

ちらっと乱馬の方を見ると、さっきと同じ優しい表情で笑っていた。



夕食が出来上がるまで、居間で遊馬と真昼の相手をしている父親達。
その傍でなにやらピッピッと触っているなびき。

「なびきおばさん、何してるの?」
興味津々に寄ってくる遊馬。
「いつ何時いい写真が撮れるか分からないからね。デジカメって小さくて便利なのよ。」
「?」

 なびきのデジカメの液晶画面には、パンフレットに使う予定の乱馬の姿が何枚か出て来た。
そのうち、道場の壁際の様子が写し出される。
その写真を少しずつ拡大していくと、
安心し信頼しきった妹の横顔。そんな彼女を包み込むように抱きしめている義弟。
天道道場を支えている妹夫婦の幸せそうに寄り添うあう姿が写されていた。



end

「ふるるすとりーと」の古宮核サマにお送りさせて頂きました。先にお送りさせて頂いていた「面影」の続きにあたります。ホントはね、まとめて1つのお話のつもりだったんだけど、書いている内になにやら長くなってきたので2つに分けちゃったー。その割には「面影」書き上がった後から、コレ出来るまで時間かかっていたような・・・(汗)
あかねちゃんは、きっといっぱいがんばってるんだろうなあ、そして乱馬くんはちゃんと見守ってくれてるんだろうなあーなんてラブラブ夫婦の様子vタイトルは某歌手さんの歌からそのまんま拝借やね・・・。

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