|
「気にならない。」と言えば、それはウソ。
男なら誰だって「触れたい」って1度は思うハズだ。
・・・いや、1度どころか毎日ふとした瞬間に考える。
特に、そう。彼女の姿を見かけると、そんな願望が頭をよぎる。
だけど、俺の場合は「見かける」ってヤツじゃない。学校じゃ同じクラスで隣の席だし、
登下校もずっと一緒。おまけに一緒に暮らしてるとなると・・・ はぁ。
もう並の精神じゃ、やってらんねえよ。
「いーよなー。あかねとほとんど一緒にいて。だけどさあ、お前ほんっとーに、
彼女に何にもしてねーの?」
「するわけねーだろ。」
「はぁ〜っ、もったいねー! 俺が許嫁だったら夜に部屋に行って、さりげなく
触れたりじゃれあったりして、そのままもっと仲良くなるようにって・・・」
「・・・全っ然思わねー!!!」
一応、悪友は殴り飛ばしておいた。
けど、そう軽く言えるお前らの方が俺には羨ましーぜ。
「乱馬! 今日は1本取ってやるからね!!」
「ほー、やれるもんならやってみな!」
手入れをされている道場で、俺達は夕食までの時間に手合わせをしていた。
果敢に攻めてくるあかね。いつも必死に向かってくる彼女の攻撃を、俺はなんなく
よけていく。その動きを目で追わなくても、あかねの呼吸と気に集中するだけで
次の攻撃を予測できるんだ。
「もーっ、なんで1つも当たらないのよー!」
あかねの気なら、もう知り尽くしているからだよ。・・・って言う事もできず。
「まだまだ動きがとろいんだよ。寸胴治したら少しはマシなんじゃねーの?」
と言ったら、殴り飛ばされた。こういう時はあっさりとやられてしまうんだよなあ。
いや・・・、あかねの「気」は読めるけど、反対に「気持ち」ってのは全然見えない。
だから「気」から来る「攻撃」は予測できても、「気持ち」から生まれる「行動」が
わからないんだ。俺の悪口から生まれる「行動」は殴るか蹴り上げるか。
これらは悲しい事に避ける事ができねーんだな。
その中でも「泣かれる」ってのが一番参る・・・。
もしも。
「悪口」じゃなくて、「本音」をぶつけてみたら?
その時あかねは、どんな「行動」を取るんだろう・・・。
もしも冗談と思われたら? ・・・ちょっとキズつくな。
もしも泣かれたら? ・・・どーすりゃいいんだ。
もしも拒否なんてされてしまったら? ・・・もう、この家にはいられねーよ・・・。
だから。
今のまま、何も崩さずにこの状態で過ごすのが俺らにはベストなんだ。
そう思っているのに。
「ふぅ、いいお湯だった〜。」
気持ち良さそうな風呂上がり。タオルで巻いている髪。うなじが華奢な首筋を強調して
いる・・・。待て、見ちゃいけない。意思に反して俺の中で何かが動こうとしている。
おい、ダメだっ 目線をそらせ!
「あ、乱馬。もうお風呂入ったんでしょ? 明日提出のプリントちゃんとした?」
「・・・え? そんなのあったっけ?」
「もう、また居眠りして聞いてなかったのね。ひなちゃん先生に闘気吸われるわよ〜」
結局、一人じゃできねえ・・・。情けねーな。
だから、あかねの部屋で必死にプリントに取りかかる。
だけど。
「ほら、ここにこの単語があるから関係代名詞はこれを使って・・・」
おい、距離が近いぞ。近すぎる!
目線をそらしても、あかねの体温がわかる程すぐそばにいる。・・・あかねからは
風呂上がりのせっけんの香り。くすぐったくなるような彼女の囁き声・・・。
・・・ちっくしょ〜! もう何を話しているのかわからねえよ!!
「乱馬?」
ハッ! として思わず距離を空けた。
「ちょっと〜、まだ全部出来てないわよ。ほら早くっ」
急かすあかねにチラッと目線を向け、そのまま近づく事なくベッドに腰かけた。
「・・・ちょい休憩。」
「え?もう?? ・・・はぁ、しょーがないなあっ」
あかねもシャーペンを机において、「んーっ」と軽くのびをした。
・・・体のラインがよくわかる・・・。結構華奢なんだよなあ・・・
って俺、何のために距離を取ってるんだよ!
あかねから視線を外し、窓の外を見て落ち着かせる。
そんな事ばかり考えてしまう俺って、もしかして欲求不満なんだろうか?
いや、違う。むしろこれが正常なんだ! 触れたくなるっていう欲求を、こんなにまで
抑えてる方が間違ってる気がするぞ!!
・・・なんて正当化したところで、この欲求を解消できるハズもなく。
たとえコトを起こしたとしてみろよ。もう後戻りは出来ねえし、今の関係を壊しかねない。
崩したい気持ちはやまやまだけど、どう変わってしまうのか・・・。
それが全然見えないから、やっぱりここから動けないんだ。
「ねえ、乱馬。」
雑念でいっぱいになっていた俺の横に、さっきまで椅子に座っていたあかねが
ちょこんとベッドに腰掛けていた。
わっ、いつの間に! じゃなくて、また近い!!
「なっ、なんだよ。」
じりじりと後ずさりしながら、逆の事をしたがる自分をなんとか抑える。
なのに。こんなに自分と戦っている俺の努力なんて知らずに、あかねの方はにじり寄って
来て、俺との距離を縮めようとする。ベッドの端まで来て、とうとう逃げられなくなった
俺を追いつめた後、何か言いたげな表情をしてから、目線を伏せた。
な、なんだ?
「前から聞きたかったんだけど。」
顔を上げて、意を決したかのようにそう切り出した。
「・・・あんたね、私とちゃんと真剣に向き合おうって思わないの?」
「へ?」
な、何を言ってるんだ? 「真剣に」って・・・。
鼓動が速くなるのがわかる。ちょ、ちょっと落ち着け俺!
「いつだってそう・・・。私がまっすぐに乱馬を、・・・乱馬だけを見ているのに、
あんたって私をキズつけるのが怖いのか、すぐにはぐらかすじゃない。」
いつになく真面目に話しかけてくるあかね。
しかも内容が「俺だけを見ている」って・・・ え?
俺だけ? 今そう言ったのか??
「私だって・・・、私だってこの道場の跡取りなのよ。でもそれだけじゃなくて
私、ちゃんと乱馬の事を認めてる! なのに、乱馬は・・・」
そこまで言って、また目を伏せた。今、俺、あかねに何を言われたんだ?
今の状況に理解できなくて、頭の中がぐるぐる回っている。
「真剣に向き合う」「俺だけを見て」「ちゃんと俺の事を認めてる」って・・・・・・。
言われた事を思い返して、考えて。
で、ショート寸前。
ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て!!
今のはかなりの問題発言なんじゃねーか!?
いつも俺の事を殴り飛ばしたりしているあかねが、なんかかなり核心を
つくような事を言ってきたように気が・・・!
あかねは目を伏せたまま、つらそうな表情で口をつぐんでいる。
俺は・・・・・・
確かに今まで、あかねがキズつかないように、というか俺達の関係が崩壊
しないように、決定的な言葉を出す事はなく過ごしてきた。
それでずっと楽しく過ごせるんならって・・・
だけどその反面思い切り我慢もしてきたけど、一定の距離を置いていた状況に、
あかねの方から一気に距離を縮めてきた今、俺はどうすれば・・・
「・・・やっぱり、ちゃんと向き合ってくれないんだ。」
寂しげにぽつりとつぶやくあかねは、本当に苦しそうで。
「ち、違うっ! 俺だって、ちゃんとお前と真剣にって・・・!」
ハッと気づき、あわてて自分の口を抑えた。
お、俺、今なんて言おうとしてたんだ? 抑えていた気持ちが溢れそうに
なっている。やばい。この状況は今までで一番やばい!!
「・・・そう思っているのなら、ちゃんと行動で表してよ・・・。」
顔をあげて、まっすぐに俺と目を合わせた。
その目は何も隠す事なく、吸い込まれそうな程に澄んでいる。
・・・いつだって気持ちは見えなかった。
俺に対して、確信する事のできるあかねの本音がわからなかったから、
俺も行動に出す事ができなかった。
だけど、少しでも同じ事を思ってくれているのなら。
本当にスタートラインに立ってもいいのなら・・・
ベッドについていた両手を広げ、あかねをまっすぐに見たまま
俺は言った。
「嫌じゃなければ・・・・・・・・・・・・ 来いよ・・・。」
・・・今の状況を理解するのに、ちょっと整理してみよう・・・。
あかねは確か、
「真剣に向き合う」「俺だけを見て」「ちゃんと俺の事を認めてる」って
言ってたよなあ・・・!!
「・・・おい、どういう事だよ・・・?」
「なによ、今のはナシってのはダメよ! しっかり1本取らせてもらったからね!!」
床で横たわっている俺達・・・。っていうのは聞こえがいいが、
その体制は、柔道での背負い投げ1本ってやつ・・・!
「乱馬ったら、いつまでたっても私に対して本気で手合わせしてきてないでしょ!
私だって校内の男の子達には負けてないのよ。道場を守らなくちゃいけないんだから
真剣に稽古の相手してよね!!」
俺は起き上がる気力もなく、1本を取られたまま動けなくなっていた。
えっと・・・、つまり
「・・・手合わせの事?」
「他に何があるのよ。乱馬は確かに強い。初めて負けた男の子だもの。それは
認めてあげるわ。だけど私だってもっともっと強くなりたいんだから!!」
あかねは起き上がりながら俺を振り返り、手を取ったと思うと勢いよく
ぐいっと起こされた。
きょとんとしている俺に、ニッコリと微笑んで、
「・・・今みたいに道場でもちゃんと向き合ってよね。じゃ、プリントの続き
しよっか。あ、お茶いれてきてあげるね。」
パタパタと部屋を出て、バタンっとドアの閉まる音がした。
・・・・・・おい。
せっかく俺が、意を決して真剣に向き合おうとしたのに・・・!
閉められたドアを見つめて、ハァ・・・と、ため息がひとつこぼれる。
・・・まだ俺達には早いのかなあ・・・。
がっくりとうなだれて、あぐらを組んで考えてみた。
やっぱり今のままで過ごしている方がいいんだろうか・・・。
だけどさっきのあかねのあの表情。
目にした時、抑えていた自分が止まらなくなる程に動き出そうとしていた。
そろそろ限界・・・かも知れねーな。
立ち上がり、思い切り深呼吸。
すぐにこの状況を変えようとは思ってはいないけど、満足していないって事は
もう十分にわかっている。なら・・・
もう、いいよな?
ちょっとずつ行動にうつしていっても・・・。
ただあかねは鈍いから相当俺も苦労すると思うけど、こんだけ待ったんだ。
誰が何と言おうと、もうスタートラインに立っても・・・いいよな?
少しの緊張はやっぱりあった。だけど自信も多少なりとも持っている。
俺の格闘の実力を認めていると言うのなら、俺自身も認めてもらえばいい。
許嫁ってのを抜きにしても、俺の事を真剣に見させるためには。
・・・まずは俺が、あかねの事を、真剣に・・・・・・?
ぎしっ・・・
ここまで考えて、体が動かなくなってしまった。
や、やっぱりまだ俺達には早い・・・のかな・・・・・・
せっかくの決断。
目の前のスタートラインに立つまでに、かなりの勇気が必要となる。
ゴールには何が待っているんだろう・・・。
それを知る為に動かなければいけないのに。
「お待たせー。さ、続きしよ! どうしたの? 乱馬疲れてるの?」
覗き込むように心配そうな表情を見せるあかね。
フッと力が抜けて、気が楽になった。
「・・・別になんでもねーよ。んじゃ、残りをするか。」
あかねの頬に手を当てて、笑ってみる。
ちょっとびっくりして、その後なんだか嬉しそうに微笑んできた。
・・・あぁ・・・、やっぱり俺は・・・・・・
動かなければ始まらないのなら、勇気を振り絞って第一歩。
走り出す前に、まずはその為に気持ちを固めて。
「さて・・・、覚悟してろよ。あかね。」
end |
|